ikiune diary 日々の出来事

息畝実/イキウネミノルが、その日見たり感じたことを綴ります。

9月29日

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私は南相馬の海辺を歩く。
陽射しをまともにうける。
漂流したものが砂浜にうちあがっている。
背後には草が生茂っていて、所々に大きな水溜りがある。
堤防には私と親子2人がいた。
高く激しい波がブロックに当たり白い波飛沫があがっていた。


アンティゴネーのことを考えると、やはりあの人の顔が浮かぶ。


アンティゴネーはこの海を渡っていく。

海岸沿いを歩いて、今なぜ自分が福島にいるのか、その理由が分かった気がした。
 

9月27日

昨日から少し体調を崩している。

今、私は南相馬にいます。
 
午後、福島駅からバスに乗って移動。
 
原ノ町駅の前に着くと、辺りは暗くなりかけだった。
 
泊まる宿を探すと、どこも既にいっぱいらしく断られる。
 
ひとつだけ。夜の7時になるまで分からないが、空き室が出るかもしれないと言われた宿があって、結局そこに泊まることになりました。

もう貯金が底をついている。

これからどうするか、考えなければならない。
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9月23日

一日中、雨が降り続く。

 
朝、宿を出てバスに乗り福島駅で降りました。そのまま何もせず時間が過ぎる。
昼すぎ、駅の近くで、私の前を白い服を着た女性が通っていった。
はじめは誰だか気がつかなかったけど、すぐに思い出した。
デモのあった日に「桑原さなえ」と書かれた名刺を配っていた女性です。
 
これまで、私にとって彼女は、ただ一度だけ会った事がある程度で、その翌日に、名刺に記されていた連絡先に宛ててメールを送ってみた事がありましたが、2〜3通のやりとりの後に返事が返ってこなくなり、それからは彼女のことはすっかり忘れていて、考える機会もありせんでした。
 

そんな彼女が、ここにいる事が、異様な事のように思えた。

 
彼女には不可解な点が多い。
全身、真っ白の洋服を着ていて、年齢も随分若く見える。
彼女は何のために名刺を配っているのか、理由が分からないうえに、その目的を知る手がかりも殆んど無い。
なにより、私には、彼女が福島にいる事が驚きだった。

彼女は、JR福島駅に繋がる建物に一人で入っていく。
私は彼女の後についていった。

そこはローカル沿線の福島駅の入口だった。
彼女は切符を買い、改札を抜けてホームに停車している電車に乗った。
彼女がどこに向かおうとしているのか、想像がつかず少し不安になったが、私も切符を買って見失わないように彼女を追った。
 
移動中ずっと、彼女は表情を変えず、洋風の人形のように座っていた。
乗客や過ぎ去る景色の中で、彼女だけがどこかどこか別なところ、異なる世界にいるように見えた。

私は、気づかれないように、集中して彼女を見た。
 
しばらくして、保原という駅で彼女は電車を降りました。駅を出ると、地方都市特有の見慣れた景色が広がっていた。初めて訪れる場所でしたが、どこにでもありそうな町という印象を受けました。私には彼女がこんな場所にいる事が、益々おかしく思えた。すると彼女は駅前の小さなバス停のベンチに腰を降ろす。

私は、このまま彼女に付いていこうと決めてた。

数分後にバスが来た。乗客は殆んどいない。
私は彼女の斜め後ろに座った。
そして移動中はずっと彼女の手ばかり見ていたような気がする。
白い服の袖から伸びる彼女の白い指先を見ながらぼんやりしていた。私は、彼女を追ってこんな場所にいる自分を不思議に思った。
 
どれくらいの時間が経ったか、彼女がバスから降りたので私も続いた。
だいぶ遠くまで来たらしい事が分かった。
辺りには、人の気配が無く、車の往来も少ない。
 
彼女の後についていくと、やがて背の低い建物が立ち並ぶ開けた場所にたどり着いた。
木造の同じサイズの家が長屋のように繋がっていて、小道をはさんでそれが何列も立ち並んでいる。彼女はその家々を縫うように歩く。

しかし、私はその途中で彼女を見失ってしまった。
角を曲がった所で彼女が突然、消えたようにいなくなっていた。
 
私は、どこか見落としがあったのではないかと、周囲を探し歩く。
 
丁度私の後ろを通りがかった人に、白い服を着た女性を見なかったか聞いてみた。しかし、その人は知らないと答えた。
反対に「どうしました?」と問われた時、私は答えに詰まった。
桑原さなえと名乗る女性を追いかけた結果、彼女を見失い、詳しく知らない場所で一人になってしまった。
今、私は何処にいるのか。
 
私は再びその人に、ここはどこか尋ねた。
すると、ここは伊達市仮設住宅で、原発事故の影響で避難している人達が住んでいるという答えが返ってきた。
それを聞いて、私は改めて辺りを見回す。
私は、仮設住宅の映像や写真を見たことがあったにも関わらず、その人の話を聞くまで、ここが仮設住宅だとは思っていなかった。

続けて、私はその人にどこから来たのか尋ねる。その女性は飯館村から避難してきたと答えた。

それから、2〜3の言葉を交わした後、私がもう行こうとすると、雨が降っているからと、バスが来る時間まで彼女の家の中で待たせてもらった。
家の中の壁の様子から、建てられて間もないことが分かった。TVの台の上に写真が飾ってあり、着物を羽織った小学生くらいの女の子とまだ幼い女の子が写っている。私は座布団に座り、コーヒーとみかんを戴いた。福島に来るの初めてですかと聞かれ、はい、と頷く。
いつからここに住んでいるのか尋ねると、今年の4月からだと言っていた。
それからおなじ仮設住宅でも建てる業者によって大分違うという話になったと思う。
女性が壁際に置かれた棚の上にある小さなタブレット型のパソコンの画面に触れると、今の飯館村の映像が映し出された。役場前、遠くの山なみと道路、など彼女が指で触れるたびに画面が切り替わる。人や車は通らないが時折、家が映ることがあった。
あるとき女性が、私に何をしに福島に来たのか聞いてきた。私はうまくは答えることができなかったけど、自分の書いた戯曲を上演しにきたと語った。
彼女はアンティゴネーという言葉を聞いて、聞き慣れない言葉だと怪訝な顔をした。
私は、バスの時間がくるとお礼を言って家を出た。

 

 

9月22日

何をするでもなく、ひとり福島に残っている私がいる。

 

あの時、劇団員が襲ってきたとき、雲雀さんは私の目の前にいた。でも、地面に散らばった私の戯曲を拾ってくれた人の中には雲雀さんの姿は無かった。

気がついたら、雲雀さんはいなかった。

 
雲雀さんはあのとき、私が倒されるのをただ眺めていたのか。
私のアンティゴネーを、手に取ろうともしなかったのか。

 

福島に来てからずっと、なぜか雲雀さんが遠く感じられた。

上演中も、それ以外のときも。

それは今までとは違う、近づけない遠さのように思えた。なんというか、怖ろしさと底なしの寂しさが彼女にはあった。


でも、駅での雲雀さんの態度は、また違った意味で私を突き離した。


もう私にはどうすればいいのか分からない。

これからの事も。今現在の事も。

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9月21日

私は彼らの後を追うようにしてバスへ乗った。

荷物をまとめて福島へと向かった。

 

福島。彼女たちの劇団はその土地に何を求めているのか。

彼女たちはどのような術でその土地の嘆きを埋葬できるのか。

 

私がこの目で確認してみよう。

私こそがその劇に立ち会うのに相応しい。

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9月19日

背の高い男優を振り切った後、久々に昔のバイト先の近くを通った。かつての職場は、西新宿のビル群に囲まれ、ビジネスマン達が闊歩する。

その均質さに眩暈がし、少し吐き気もした。いつ行っても変わらない、灰色の景色。


そのあと、興奮したまま、あの演出家にメールを送りつけてやった。彼女の欺瞞を暴くために。

「あなたの身体は西新宿の高層ビル群に溶け込んで大きな壁として屹立していた。」

あの演出家は自分たちが卵の側に立っていると主張するだろう。けれど、群衆を味方につけようとするやり口が汚いだろう。
 
もうすぐ彼女たちは福島の上演に向けて上野駅を出発する。
 
また、私は懲りずにそこに降り立つだろう。もはや彼女たちを無視できない。うめ美だけでなく、あの劇団からも目が離せなくなってきた。

9月18日

独断と偏見によってアンティゴネーの魂がからめとられている。
つまり、雲雀うめ美の魂もだ。

私には黙って見過ごすことはできない。
そんな事は耐えられない。

あの演出家が作るアンティゴネーにどのような価値を見出せるのか。

今、私や雲雀さんは堅固な壁に直面している壊れやすい卵だ。
勝算など何処にもなく、ただ強引に押し潰されてしまうのを待っている。

でも、だからこそ私はアンティゴネーを書いてきた。書かなくてはと思った。

アンティゴネーのふるまい、そして愛が誰に向けられているのか。今またこの世界に問う。